ロンボク島の宗教|イスラム教の「千のモスクの島」とワクトゥ・テル、ヒンドゥー寺院、旅の注意

「ロンボク島の人はみんなイスラム教徒なのか」「バリ島の隣なのに、なぜヒンドゥー教の島ではないのか」「ワクトゥ・テルという言葉を見かけたが、何のことか」。ロンボク島へ行く前に宗教のことを調べると、こうした疑問にぶつかります。

結論から言うと、ロンボク島は住民の大多数がイスラム教徒の島で、西部のマタラムと西ロンボク県にバリ系のヒンドゥー教徒がまとまって暮らしています。北部のバヤンには、ワクトゥ・テル(Wetu Telu)と呼ばれる、慣習と結びついた独自の信仰のかたちが伝わってきました。

この記事は、政府の統計を集計した報道、学術誌と論文、インドネシアと海外の報道、政府観光局のページなど、実際に開いて確かめた情報だけをもとにしています。ロンボク島だけの宗教別の割合は公式の数字を見つけられず、州全体の数字と県・市ごとのヒンドゥー教徒の人数で示します。ワクトゥ・テルの現状は研究者や当事者の間でも見方が分かれており、その分かれ方をそのまま書きます。

想定する読者は、ロンボク島やギリ島への旅行を考えていて、現地の宗教を知っておきたい人です。マナーの細かい点は既存の記事に任せ、宗教そのものの説明に重心を置きます。

2026年10月時点の情報

この記事でわかること

  • ✓ロンボク島を含む西ヌサ・トゥンガラ州の宗教別の割合と、ヒンドゥー教徒が多い地域
  • ✓「千のモスクの島」と呼ばれる理由と、イスラム教が伝わった経緯
  • ✓ワクトゥ・テル(Wetu Telu)とは何か。外からの説明と当事者の説明の違い
  • ✓プラ・メル、プラ・リンサールなど西部のヒンドゥー寺院と、その成り立ち
  • ✓バリ島との違いと、旅行者が気をつけること

結論

ロンボク島を含む西ヌサ・トゥンガラ州では、2024年の政府データで住民の96.91%がイスラム教徒、2.36%がヒンドゥー教徒です。ヒンドゥー教徒の多くはマタラム市と西ロンボク県に住み、18世紀にこの地を治めたバリの王家の時代の寺院が残ります。北部バヤンのワクトゥ・テルは、研究では「イスラムと土着の信仰などが合わさったもの」と説明されてきた一方、当事者からは「宗教ではなく考え方」「イスラムの柱を守っている」という声が出ており、ひとことで決めつけられません。旅行者は服装、モスクの見学、アザーン(礼拝の呼びかけ)、ラマダン、お酒に気を配れば、困ることはほとんどありません。

目次

ロンボク島の人はどの宗教を信じているのか

ロンボク島の住民の大多数はイスラム教徒です。ロンボク島だけの宗教別の割合は公式の数字を見つけられなかったため、島が属する西ヌサ・トゥンガラ州(ロンボク島とスンバワ島)の数字を見ます。インドネシアのデータ報道サイト Databoks が宗教省のデータとして報じた2024年の数字では、州の人口約567万人のうち、イスラム教徒が96.91%(約549万人)、ヒンドゥー教徒が2.36%(約13万4,000人)、仏教徒が0.3%、プロテスタントが0.25%、カトリックが0.18%でした。

図:西ヌサ・トゥンガラ州の宗教別の割合(2024年)

イスラム教 96.91% ヒンドゥー教 2.36% 仏教 0.3% プロテスタント 0.25% カトリック 0.18% 州の人口 約567万人 (ロンボク島とスンバワ島の合計)
図解: Databoks が宗教省のデータとして報じた2024年の数字。ロンボク島だけの割合ではない。

ヒンドゥー教徒がどこに住んでいるかは、内務省の住民登録(Dukcapil)の県・市ごとの数字で見えてきます。Databoks が報じた2024年12月31日時点の数字では、ロンボク島の5つの県・市のヒンドゥー教徒は、マタラム市が6万3,067人、西ロンボク県が3万8,656人、北ロンボク県が9,078人、中ロンボク県が2,996人、東ロンボク県が681人でした。合わせて約11万4,000人で、そのうち約9割がマタラム市と西ロンボク県に集まっています。反対に、東ロンボク県は人口約143万人のうちイスラム教徒が99.94%を占めます。

図:ロンボク島の県・市ごとのヒンドゥー教徒の人数(2024年12月31日時点)

マタラム市 63,067人 西ロンボク県 38,656人 北ロンボク県 9,078人 中ロンボク県 2,996人 東ロンボク県 681人
図解: Databoks が報じた内務省住民登録(Dukcapil)の数字。合計約11万4,000人のうち約9割がマタラム市と西ロンボク県。

民族で見ると、島の住民の多くはササク(Sasak)の人々で、西部にバリ系の人々、東部にスンバワ系の人々、マタラムの市街に華人が暮らしています(ブリタニカ百科事典)。ササクの人々の大多数はイスラム教徒で、バリ系の人々の多くがヒンドゥー教徒です。

なぜ「千のモスクの島」と呼ばれるのか

ロンボク島は、インドネシア語で「プラウ・スリブ・マスジッド(Pulau Seribu Masjid)」、つまり「千のモスクの島」と呼ばれます。インドネシア政府の内閣官房のサイトも、2015年にロンボク島が国際的な賞を受けたことを伝える記事のなかで、この呼び名を島の特徴として紹介しています。「千」は正確な数ではなく、「とても多い」という意味です。

由来について、インドネシアのニュースサイト Good News From Indonesia の解説記事(2026年1月)は、1970年代に宗教省のイスラム社会指導総局長が島を訪れ、モスクの多さに目を留めたのが始まりと紹介していますが、裏付ける一次資料は確認できませんでした。

同じ記事は統計局の2014年の数字として州全体のモスクを5,348、うち中ロンボク県を1,460と書いています(元の表は確認できず、10年以上前の数字です)。モスクは子どもがコーランを習う場や、村の話し合いの場にもなっていると同記事は説明しています。

旅行者が目にしやすいのは、州都マタラムのイスラミック・センター(NTB Islamic Center)にあるフブル・ワタン大モスク(Masjid Hubbul Wathan)です。NU Online(2018年3月)によると、2016年12月16日から一般に開かれ、高さ99メートルの塔はアスマウル・フスナ(Asmaul Husna、神の99の美名の意)塔と名付けられ、エレベーターで上れます。

同じ報道では、ムスリムでない人もモスクの2階に入れ、体を覆う外衣を着ることになっていました。2018年当時の塔の料金は外国人1万ルピア、国内客5,000ルピア(1万ルピア≒90円、2026年9月時点)でしたが、現在の料金や見学の条件は確認できませんでした。

2015年には、アラブ首長国連邦のアブダビで開かれた世界ハラール旅行サミット(World Halal Travel Summit)で、ロンボク島がハラール観光地部門(World’s Best Halal Tourism Destination)とハラール・ハネムーン部門(World’s Best Halal Honeymoon Destination)で1位に選ばれています(内閣官房サイト、2015年10月)。

内閣官房の記事は、ムスリムの旅行者に配慮したホテルや空港、礼拝の施設、ハラールの食事を島の強みに挙げています。

イスラム教はいつ、どこから伝わったのか

伝わった時期と経路には、いくつかの説があります。インドネシアの報道サイト tirto.id の記事(2023年4月)は研究者の整理を引いて、13〜14世紀にイスラム商人との交易で伝わった説、16世紀末から17世紀初めにジャワ島東部のスナン・プラペン(Sunan Prapen)が伝えた説、16世紀にマカッサルの商人や船乗りがスンバワ島経由で東から伝えた説の3つを紹介しています。

同じ記事によると、最も早くイスラムの影響を受け、最大のイスラム王国になったのは東部のスラパラン(Selaparang)で、16世紀末にイスラム化し、18世紀に衰えました。北部のバヤンは、インドネシアの学術誌『Ulumuna』の論文(2005年)で、イスラムが入った伝統的な入り口と説明されています。西部のリンサールでは、15世紀にジャワ島中部のドゥマック(Demak)からイスラムを伝えたとされる学者ラデン・マス・スミリルにまつわる行事が続いています(ジャカルタ・ポスト、2010年)。島の場所ごとに、別々の「イスラムが来た物語」が語り継がれています。

ワクトゥ・テル(Wetu Telu)とは何か

ワクトゥ・テルは、主に北部バヤンの人々に伝わってきた信仰と慣習のかたちです。これに対して、1日5回の礼拝を守る一般的なイスラムの実践は「ワクトゥ・リマ(Waktu Lima)」と呼ばれます。ただし、ワクトゥ・テルの説明は、研究者の説明と当事者の語り方で大きく違います。

研究者による代表的な説明は、学術誌『Ulumuna』の論文(2005年)に見られます。この論文は、ワクトゥ・テルをイスラム、ヒンドゥー、土着の信仰の要素が合わさったものとし、名前の由来として「信仰告白・礼拝・断食の3つの柱だけを行うから」という説のほか、「命が生まれる3つのかたち(産む・卵から・芽吹く)」や「コーラン・ハディース・合意の3つの源」とする説も挙げています。

同じ論文は、宗教上の務めは主にキヤイ(kyai)と呼ばれる宗教指導者が担い、キヤイが行う礼拝として断食明けと犠牲祭の礼拝、葬儀の礼拝を挙げています。また、この呼び名が目立つようになったのは1890年以降のオランダ統治下で、正統派のイスラムと分ける政策と結びついていたと述べています。

当事者の語り方は違います。VICE の記事(2017年)では、バヤンの指導者が「テル(3)」は礼拝の回数ではなく、母の胎内、この世、あの世という3つの場を指すと話し、「断食は1日だけ」という外からの見方に反論しています。

同じ記事で、バヤンの若い住民は「ワクトゥ・テルは宗教ではなく、考え方だ」と語り、案内役の男性は「インドネシアの多くのスンニ派のムスリムと同じく、私たちもイスラムの柱を守っている。宗教と慣習の両方を、分けて行っている」と話しています。人類学者のエルニ・ブディワンティ氏は、バヤンの人々はいまは1日5回礼拝しているが、古い慣習をやめたわけではないと述べています。

マレーシア国際イスラム大学の修士論文(2024年)は、実践者の見方が「ムスリムの伝統」と「イスラムの一つの形」に分かれ、イスラムの五行をすべて守っていると話す人もいると報告しています。そのうえで、オランダ時代からの「ワクトゥ・テル対ワクトゥ・リマ」という分け方は当事者の視点を欠いていたと指摘し、ムスリムを一様にする流れのなかでその文化が圧力を受けていると書いています。いまの日々の実践は、出典によって書き方が違い、この記事では言い切れません。

このほか、ササクの人々のなかには、イスラム以前からの信仰を保ってきた人々がいまも一部にいると、インドネシアのニュースサイトの寄稿記事(2024年)が紹介しています。どの信仰のかたちも、観光の見せ物ではありません。バヤンなどを訪ねるときは、現地のガイドを通じ、儀礼の撮影や立ち入りの可否をその場で確かめてください。ササクの伝統村の訪ね方はササク族と伝統村の記事にまとめています。

西部にヒンドゥー教徒が多いのはなぜか。プラ・メルとプラ・リンサール

西部にヒンドゥー教徒が多いのは、バリ島の王家がこの地を長く治めたためです。tirto.id の記事は、1723年の戦いでスラパランが敗れ、ロンボク島がバリの政治的な影響下に入ったという研究者の見方を紹介しています。ブリタニカ百科事典によると、バリの勢力は島に4つの王国を置き、1894年にオランダが介入してバリの支配を終わらせました。マタラムのチャクラヌガラ(Cakranegara)一帯には、その時代の寺院や庭園が残っています。

バリの王家がロンボク島を治めた時代と1894年のロンボク戦争、その前後の流れは、13世紀から2018年までを2枚の年表にしたロンボク島の歴史で追えます。

プラ・メル(Pura Meru)は、ロンボク島で最大のヒンドゥー寺院です。インドネシア政府観光局は18世紀の建立とし、三神(トリムルティ)を表す3つのメル(多層の屋根の塔)があると紹介しています。CNN インドネシア(2018年)は、1720年にアナック・アグン・ングラ・カランガスムが建て、近くのマユラ庭園(Taman Mayura)は1744年に同じ人物が造ったと伝えています。

マタラムから東へ約9キロのリンサールにあるプラ・リンサール(Pura Lingsar)は、ヒンドゥーの寺院(プラ・ガドゥ)と、ササクのイスラム教徒が儀礼を行うクマリック(Kemaliq)が同じ敷地に並ぶ、珍しい場所です。ジャカルタ・ポスト(2010年)によると、この寺院は1759年、アナック・アグン・グデ・ングラ王の時代に建てられ、寺院の一帯は1990年代から文化財の保護地区になっています。

ここでは毎年、ペラン・トパット(Perang Topat)という行事が行われます。ジャカルタ・ポスト(2010年)によると、ササクの暦で7番目の月の15日(バリ・ヒンドゥーの暦では6番目の月の15日)の午後4時ごろから、ヒンドゥー教徒はガドゥの側、イスラム教徒はクマリックの側に分かれ、ヤシの葉で包んだ米の餅(トパット)を投げ合います。投げた餅は田にまいたり店や市場に持っていったりし、豊作や商売繁盛を願います(Hindu Press International、2011年も同様に報道)。

ジャカルタ・ポストによると、行事の行列では、ヒンドゥー教徒にとって牛は神聖で、イスラム教徒は豚を食べないことから、両方に配慮して水牛を使います。開催日は暦で毎年変わり、2026年の日程は確認できませんでした。

バリ島と何が違うのか

バリ島はヒンドゥー教徒が多数の島で、道ばたのお供えが日常の風景です。ロンボク島ではモスクが村の中心にあり、1日5回のアザーンが響きます。西部にはヒンドゥー寺院もありますが、島全体の風景はイスラムの島のものです。

旅行の予定に影響しやすいのは暦です。インドネシア政府の2027年の祝日(2026年9月15日公表)では、バリ・ヒンドゥーの新年であるニュピが3月8日、断食明けのレバランが3月10日・11日です。ラマダンの始まりは、イスラム団体ムハマディヤの暦では2027年2月8日です。政府の開始日は宗教大臣の決定で定められ、2026年10月時点で確認できませんでした。

ニュピの日はバリ島で空港が閉まり外出が禁じられますが、これはバリ島の決まりで、イスラム教徒の多いロンボク島では店や交通がふだんどおりのことが多いと当サイトでまとめています。2つの行事が重なる時期の動き方はラマダンとニュピの記事にまとめています。

旅行者が気をつけることは何か

旅行者がイスラムの戒律に従う必要はありませんが、地元の人の暮らしへの配慮は求められます。場面ごとの要点を表にまとめます。細かい点はロンボク島のマナーとタブーで扱っています。

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場面気をつけること
服装村の中やモスクの近くでは、肩と太ももを出さない服にする。浜やリゾートの中は水着でかまわない場面が多い
モスクの見学入口で靴を脱ぐ。女性は髪を覆う布を用意する(貸し出すモスクもある)。礼拝中の人を撮らない。入ってよい範囲は係の人に聞く
アザーン夜明け前を含め1日5回流れる。音が気になる人は耳栓を持っていく
金曜の昼礼拝の時間帯は、地元の食堂や小さな店、両替所が1〜2時間閉まることがある
ラマダン旅行者に断食の義務はない。日中、人前での飲食は控えめにし、断食中の人に食べ物を勧めない
お酒観光地のバーやホテルで飲む。礼拝所の近くなど、公の場で飲まない
ヒンドゥー寺院入ってよい範囲と服装を入口で確かめる。儀礼の最中は前を横切らず、撮影は許しを得てから

※当サイトの既存記事の内容をもとにした目安。2026年10月時点。モスクや寺院ごとに決まりが違うことがあります。

注意

  • 祝日や断食月の日付は1日ずれることがあります:2027年のレバランは、ムハマディヤの暦では3月9日、政府の祝日では3月10日・11日です。この時期に移動する場合は、前後に1日の余裕を持たせてください。
  • 宗教の話題で議論をしない:信仰について聞かれることはありますが、他人の信仰を評価するような言い方は避けるのが無難です。

セコトン現地からのひとこと

金曜の昼と、ラマダン中の日没前後(断食明けの食事の時間)は、運転手や船頭の都合がつきにくくなることがあります。空港への送迎や島巡りの時刻がこの時間帯にかかる場合は、前日までに具体的な時刻で決めておくと当日慌てずに済みます。村の中を歩くときは、浜から上がったら肩と太ももが隠れる服を一枚羽織ってください。

イスラムの島で過ごすことが、合う人と合わない人

先に弱点を書きます。ロンボク島は、バリ島のように寺院の儀礼やお供えを日常的に見て歩く島ではありません。夜明け前のアザーンで目が覚めることがあり、ラマダン中は地方の食堂が昼に閉まり、お酒を飲める場所は観光地に限られます。夜遅くまで飲み歩きたい人や、寺院の儀礼や祭りを見て回りたい人には、バリ島の方が向いています。

一方で、バリ島とは違うインドネシアの暮らしや、ササクの村の静かな日常に関心がある人には、ロンボク島は向いています。南西部のセコトンは、地元のササクの人たちが暮らす漁村です。Semelar Beach Village はこの村で、ササクの人たちと浜のカフェ(SAKURA CAFE、10:00〜22:00、月曜定休)や市場、ビーチクラブを運営しています。いま申し込めるのは3泊4日〜5泊6日の滞在プログラムで、日本語で相談できます。

よくある質問

Q. ロンボク島にはイスラム教徒しかいないのですか。

いいえ。州全体で2024年にイスラム教徒が96.91%、ヒンドゥー教徒が2.36%です。ロンボク島のヒンドゥー教徒は約11万4,000人で、約9割がマタラム市と西ロンボク県に住んでいます。

Q. ワクトゥ・テルの人たちはイスラム教徒ですか。

取材や研究では、イスラムの柱を守っていると話す当事者や、ワクトゥ・テルを「ムスリムの伝統」と見る当事者が紹介されており、「宗教ではなく考え方」と話す人もいます。研究では「イスラムと土着の信仰などが合わさったもの」と説明されてきましたが、オランダ時代からの分け方は当事者の視点を欠いていたと指摘する研究もあります。いまの実践は人や出典によって語り方が違います。

Q. ムスリムでなくてもモスクに入れますか。

入れるモスクがあります。マタラムのイスラミック・センターでは、2018年の報道でムスリムでない人も2階に入れ、体を覆う外衣を着ることになっていました。現在の条件は確認できなかったため、入口で係の人に聞いてください。礼拝の時間は避けるのが無難です。

Q. ニュピの日はロンボク島でも外出できませんか。

外出禁止はバリ島の決まりで、ロンボク島では店や交通がふだんどおりのことが多いです。ただしバリ島の空港が閉まるため、バリ経由の移動には影響が出ます。2027年は3月8日です。

Q. ラマダン中に旅行しても大丈夫ですか。

旅行はできます。旅行者に断食の義務はなく、ホテルや観光地の店はふだんどおり営業することが多いです。地方の食堂が昼に閉まることがあり、日中の人前での飲食は控えめにします。2027年は、ムハマディヤの暦で2月8日に始まり、政府の祝日ではレバランが3月10日・11日です。

まとめ

ロンボク島は住民の大多数がイスラム教徒の「千のモスクの島」です。ロンボク島を含む西ヌサ・トゥンガラ州では、2024年の政府データでイスラム教徒が96.91%、ヒンドゥー教徒が2.36%で、ヒンドゥー教徒の多くは18世紀にバリの王家が治めたマタラムと西ロンボクに住んでいます。プラ・メルやプラ・リンサールはその時代の寺院で、リンサールではヒンドゥー教徒とイスラム教徒が一緒に行事を続けています。

北部バヤンのワクトゥ・テルは、研究者の説明と当事者の語り方が大きく違います。祝日や断食月の日程は毎年変わるため、出発前に最新の暦を確かめてください。

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この記事が根拠にした情報
  • Databoks「96.9% of the Population in West Nusa Tenggara is Muslim」(宗教省のデータ、2024年)https://databoks.katadata.co.id/en/demographics/statistics/b15a687e8437d5b/969-of-the-population-in-west-nusa-tenggara-is-muslim
  • Databoks「0,05% Penduduk di Kabupaten Lombok Timur Beragama Hindu」(内務省住民登録、2024年12月31日時点。県・市ごとのヒンドゥー教徒の人数)https://databoks.katadata.co.id/demografi/statistik/82dfe3ceb756e1a/0-05-penduduk-di-kabupaten-lombok-timur-beragama-hindu
  • Encyclopaedia Britannica「Lombok」(住民、バリの支配と1894年のオランダの介入)https://www.britannica.com/place/Lombok
  • インドネシア内閣官房「Kedepankan Keramahan Islami, Lombok Raih Gelar Destinasi Halal Terbaik Dunia」(2015年10月22日)https://setkab.go.id/kedepankan-keramahan-islami-lombok-raih-gelar-destinasi-halal-terbaik-dunia/
  • Good News From Indonesia「Mengapa Lombok Dijuluki sebagai Pulau Seribu Masjid」(2026年1月23日。呼び名の由来とモスクの数の紹介)https://www.goodnewsfromindonesia.id/2026/01/23/mengapa-lombok-dijuluki-sebagai-pulau-seribu-masjid
  • NU Online「Mataram’s religious destinations attract international tourists」(2018年3月。イスラミック・センター)https://www.nu.or.id/regional/matarams-religious-destinantions-attract-international-tourists-gRERD
  • tirto.id「Pemakaman Kuno Selaparang, Jejak Kerajaan Islam di Pulau Lombok」(2023年4月13日)https://tirto.id/pemakaman-kuno-selaparang-jejak-kerajaan-islam-di-pulau-lombok-gEMs
  • Zaki Yamani Athhar「Kearifan Lokal dalam Ajaran Islam Wetu Telu di Lombok」『Ulumuna』Vol. IX No. 15(2005年)https://ulumuna.or.id/index.php/ujis/article/download/27/18
  • VICE「Is This Man the Leader of One of Indonesia’s Most Misunderstood People?」(2017年8月3日)https://vice.com/en/article/is-this-man-the-leader-of-one-of-indonesias-most-misunderstood-people
  • マレーシア国際イスラム大学 修士論文「Islam wetu telu or wetu telu Muslims? : an analysis of the practitioners’ perspective」(2024年)https://studentrepo.iium.edu.my/entities/publication/388eec4e-4081-4a69-9001-e077c16587a0/full
  • Good News From Indonesia「Perkembangan dan Persebaran Agama Kelompok Masyarakat Suku Sasak Lombok」(2024年10月16日。寄稿記事。イスラム以前からの信仰を保つ人々について)https://www.goodnewsfromindonesia.id/2024/10/16/inilah-perkembangan-dan-persebaran-agama-kelompok-masyarakat-suku-sasak-lombok
  • インドネシア政府観光局「Pura Meru Cakranegara」https://www.indonesia.travel/gb-en/destination/bali-nusa-tenggara/west-nusa-tenggara/pura-meru-cakranegara/
  • CNN Indonesia「Destinasi Wisata Mataram Siap Sambut Obor Asian Games」(2018年7月22日。プラ・メル、マユラ庭園)https://www.cnnindonesia.com/gaya-hidup/20180722170317-269-316105/destinasi-wisata-mataram-siap-sambut-obor-asian-games
  • The Jakarta Post「The battle of rice cakes」(2010年1月22日。プラ・リンサールとペラン・トパット)https://www.thejakartapost.com/news/2010/01/22/the-battle-rice-cakes.html
  • Hindu Press International「Perang Topat」(2011年12月31日)https://www.hinduismtoday.com/hpi/?p=10735
  • インドネシア国家官房「Inilah SKB 3 Menteri Libur Nasional dan Cuti Bersama 2027」(2026年9月15日)https://www.setneg.go.id/baca/index/inilah_skb_3_menteri_libur_nasional_dan_cuti_bersama_2027
  • detikNews「Muhammadiyah Tetapkan Ramadan dan Idul Fitri 2027, Ini Tanggalnya」(2026年9月20日)https://news.detik.com/berita/d-8670916/muhammadiyah-tetapkan-ramadan-dan-idul-fitri-2027-ini-tanggalnya
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